♪この誓い届け 銀河まで〜  (2010.03.13)

先日、フィットネスクラブでスタジオプログラムに参加していた時のこと。
インストラクターが「覚えている人は声を出せ」とか宣うので、何の歌じゃと思って聴いていると、某月に代わってお仕置きよ(蟹座の小生としては「水でもかぶって反省しなさい」)アニメの初代主題歌のユーロダンスアレンジであった。いくら何でもさすがに歌えませんがな(笑)。

関係ないですが、同アニメの最終篇の花沢加絵による主題歌の「この歌は星の道しるべ」というフレーズに出てくる増二度の音程はハラショーだと思います。


CP+にいってきた  (2010.03.12)


珍しく積みタスクを気合いを入れて片付け、本日は午後からパシフィコ横浜で行われているCP+(www.cpplus.jp)に行ってきた。一応目的としては情報収集など。他にも目的がもう一つあるのだけれど、それはだいぶ先の話で実現するかも分からないようなレベルのことなので、今は伏せておく。

昨年までのPIEは各業界団体が足を引っ張り合ってて結局空中分解になったという話は聞いていたのだけれど、今年のCP+(どうでもいいがこのままだと検索しにくいぞ)はパシフィコ横浜に移動しての開催という点でどうしても地理上の不利を抱えてしまっているように思う。じゃあ千葉市の外れの幕張メッセはどうなのよという反論もあろうが、北ホールを除いても5万平方メートル以上の展示面積を持つ幕張メッセと全館合わせても2万平方メートル程度のパシフィコ横浜では展示可能な物量に圧倒的な差がある(ちなみに東京ビッグサイトの東棟も約5万平方メートル)。ドイツのフォトキナ、アメリカのPMAと並ぶ3大映像関連見本市を目指すんじゃなかったのか?
※ちなみにフォトキナ会場のケルンメッセの展示場面積は21万平方メートル、パシフィコ横浜国際展示場の10倍以上。でけえ。

実際、展示内容も正直かなり寂しいものだったと言わざるを得ない。主要なカメラメーカーは出展していたものの、新製品の発表があったのはペンタックスの645Digitalくらいのもので、あとはPMAなどで既に発表されたものが並んでいただけだった。まあ、デジタルカメラは海外売上比率が90%くらいを占める商品だし、成長著しい中国市場に比べれば日本市場にもう魅力がないと言ってしまえばそれまでの話なのだが、余りにも参加企業が少なすぎる。
物販コーナーもやる気があるのかないのかよく分からない状態で、正直これでは来年以降の賑わいが危ぶまれる状況だ(雰囲気としては消滅前後のWPC Expoに近い)。来年はPMAより少し前の時期に開催することで、新製品発表の賑わいで客を呼び込もうという考えもあるようだが、まずは参加企業を増やし、一日歩き回っても見終わらないくらいの展示物量と賑わいの水準を最低限達成しないとこのままではジリ貧に陥るだけだと思う。空いたスペースを写真展でごまかそうったってそうはいかないよ?

じゃあそのためにはどうすりゃいいの? という問題が当然出てくるのだが、業界団体同士で内輪揉めしてるようじゃいい知恵は多分でないでしょうね。


無思慮なチラシ作りをクリエイティブと勘違いしても頭の悪さを示すことにしかならん  (2010.03.11)


本当は会社の創業者(今は相談役)と先々週の金曜日に都内の某レストランにワインを飲みに行った話でも書こうと思ったのだが、二人で痛飲しすぎて何も覚えていない為体だったので一切の記述を断念。いや、キャビアとか食べたしポマールの2005年とかを飲んだのは覚えてるんですが……

さて、先日モンテスキューの『ペルシア人の手紙』を読んだ。内容は何のことはない、著者がペルシアの王子の名を借りて書簡形式で当時の世相を批判しまくったものである。ルイ14世の治世の後半あたりからいかにフランスの経済政策がメチャクチャであったのかがよく分かり、また聖職者階級の堕落ぶりも(モンテスキューなりのバイアスは入っているにしても)見事に風刺されており、なかなかに楽しめた。

さて、この本を読んで少し経ったある週末、BS放送を見ていたら、NHKで「COOL Japan 発掘!かっこいいニッポン」(http://www.nhk.or.jp/cooljapan/)なる番組が放送されていた。司会進行役の鴻上尚史のトークが薄っぺらくて泣けてきたり、リサ・ステッグマイヤーが何のためにいるのかさっぱり分からないなど色々心温まるハートウォーミングな番組だが、日本に来ている外国人達が寄ってたかって日本のあれやこれやを褒めそやすというその内容に、ある種の空恐ろしさすら感じた。自分が作ったわけでもない何かを外国人に褒めて貰って仮構された全能感をその場凌ぎで満たして貰って何が楽しいんだ? そもそもわざわざそれをCOOLだとか何だとか言われないと愛国心とやらは維持できないのか?

こういう低水準のゴミの存在の背景に、世界でサムスンやLGとかにボロ負けを続ける日本の家電メーカーの没落や、現代やKiaに追撃されて苦しんでいる、しかも最近は中間選挙の票欲しさの似非リベラル派のデマゴーグ達に叩かれもしている自動車メーカーの苦境などの存在を通奏低音として指摘するのはそう難しいことではない。国内では政府の財政収支が崩壊寸前になり、毎年最低3万人も自殺者が出て首都圏の交通機関は頻繁に人身事故で混乱するし、定期昇給とやらは遠い国の寝物語、30代労働者の平均所得はこの15年で約200万円下がったとなれば、ベンヤミンの説教をもってしても希望を持てという方が無理というものだろう。そこにドーピングでパンパンに膨らんだブタのエサみたいな共同体幻想があれば、人は誰だってそこに飛びつこうというものだ。希望はないけど自分達は立派だと思い込めるし、己が境遇の絶望的な状況を一時的に瞞着することができるから。即ち「COOL Japan」のような小児愛国心丸出しの思想の紛い物は、まさしく我らロスジェネ貧乏人にとっては腹のふくれる格好の御馳走なわけだ。栄養価はゼロだけどね。

だが経済の苦境は別に日本だけに限った話ではない。他の先進国に行けば失業率8%台なんて国はいくらでもあるし、そんな国では職業安定所の周りでやけ酒を煽って座り小便を垂れている人なんかもしょっちゅう見かける。また、郊外の貧民街では路駐の自動車を燃やして暖を取る少年達の映像が年末のニュースにはよく出てくる。高い水準で産業化社会が成熟し、人口オーナス期に入った上に労働力が余剰になって国内産業の国際競争力が低下フェーズにある国では、日本みたいな現象は大なり小なりどの先進国でも起きるのだ。だからそれらの国々では時々極右とか過激な宗教政党がバカみたいに躍進したりする。極右思想や原理主義は過去の栄光とか自分の耳に心地よい単純素朴なイデオロギーを信奉する無教養な貧困層を釣り上げるにはベストの好餌だからだ。昔は極左思想もその末席を汚していたのだが、ソ連と一緒にデリバティブ取引の藻屑と消えてしまったようだ。

即ち、社会経済的な文脈だけを、「COOL Japan」のようなくだらない番組が跋扈する理由とすることには無理がある。社会経済的な困窮と希望のなさを思想的疑似餌で瞞着するのであれば、むしろ過激な排外思想の方が遙かに効果的だからだ。従って、それは単なる極右思想の産物ではなく、別のところにもいくつかの背景を求める必要がある。

それはいったい何か? おおよそのところまでは考えているので続きはまた後日。


ハメリン?  (2010.02.21)


今日もフィットネスクラブにて一日運動。色々組み合わせて色々やっておよそ1200Kcal消費。金曜日からノンストップで通っているのでさすがに脚が痛い……

フィットネスクラブにあるエアロバイクには一応テレビ(ただしアナログ)がついており、今日はニュースをチェックするついでにNHKのバンクーバー五輪の結果速報を見ていたのだが、ショートトラックのカナダ代表にフランソワ・ハメリンなる不思議な名前の選手がいることに気がついた。

通常、フランソワは周知の通りフランス系の名前であり、英語圏ではフランシスとかそれっぽい名前になるのが通例である。とするとフランス語の発音規則からすると「H」の音は有音子音としては発音しないので、「ハメリン」という名前は発音上あり得ない。なんだそりゃ?……と名前の綴りを脳内で復元してみると、思い当たるフシがある。
そう、ピアノ音楽好きなら誰でも一度は耳にしたことがあるだろうカナダ・ケベック州出身の超絶技巧ピアニスト、マルカンドレ・アムラン(Marc-André Hamelin)だ。つまり、「フランソワ・ハメリン」なる人物は本来なら「フランソワ・アムラン」と呼ぶのが正しいのである(http://www.ctvolympics.ca/team-canada/athletes/athlete=3317/results/index.html に掲載されているプロフィールによると、彼は今もモントリオールに住んでいるみたいなので英語読みしてやる必要はこれっぽっちもない)。名字を英語読みするなら名前も英語風にするか、某パソ通の文学系会議室のとあるお局様がかつて読み間違えて大顰蹙を買ったように、「フランコイーズ」とかにしてやらねばならない。

まあ、フランス語の発音なんか知ったこっちゃねえよ、という英語の覇権に安住する皆様の粗暴と野蛮と居傲と尊大さ加減はこの際大目に見てやるとしよう。私だってイウォーク語とかバスク語とかアイヌ語とかクリンゴン語のカタカナ化には全く自信がないからね。
むしろ、ここで論われるべきは、マルカンドレ・アムランと名字が同じじゃないかこの人? と気づく人間が誰もいなかった、あるいは気づいた人間がいたとしても訂正意見が全く現れてこなかったという五輪報道関係者の恐るべき無教養と無知とそして組織的硬直である。もっと平たく言ってしまえば五輪報道関係者にはバカしかいないのか? ということだ。
答えはおそらく是であろう。最早斜陽化し没落しつつあるマスメディアには、知性というものや文化的多様性への眼差しを期待するだけ無駄なのだろう。


鬼が笑うぜ  (2010.02.14)


私は飛行機のFFPとしてはANAのANA Milage Club(AMC)を利用している。このプログラムは国際線のエコノミー座席搭乗時マイレージ加算率が50〜70%(ものすごく高い正規運賃だけは100%、ちなみにルフトハンザのFFPはブッキングクラスに関係なくエコノミー加算率100%)だったり、Edyへの換金率がメチャクチャ卑怯だったりするなど色々問題は多いのだが、国内出張時にプラチナポイントをチマチマ貯めたり、カードをEdyの媒体にも使えるので不平をこぼしながら使っている。ただし、マイレージ蓄積率は余りにも低いので、いわゆる「陸マイラー」ではない。メインのクレジットカードはVISAのプロパーカードだったりするし。

不平不満は山ほどあるにはあるのだが、日頃の出張とか旅行とかのマイレージ、ついでにEdy使用に伴うチマチママイレージも結構貯まり、昨日の段階で約10万マイルほどあった。しかしこの蓄積マイルには有効期限があり、今年の夏頃には半分くらいが海の藻屑と消えてしまう。というわけで本来ならこのゴールデンウィークにどっか行って使ってこようかと考えていたのだが、年明けにAMCのサイトを調べてみたら行きたいところはあらかた満席、あるいはブラックアウト期間(特典航空券の数がはじめからゼロの期間。制度の改正によって存在しないことになっているが実際には存在する。ただし上級会員だけは別)に該当するらしく、希望日は全滅。アイゴー!

というわけで、急遽上司に相談しましたよ。というか一方的に宣言して有休取得のOKを取り付けました。そいでもって昨日予約と相成ったわけです。ただし、旅行に行けるのはまたしても年末だぜ! そして帰国予定は2011年だぜ! 鬼が笑うよ! 尚、マイレージ全消費が目的なので、押さえた座席はビジネスクラス。あと2万マイルくらいあればファーストクラスになるらしいんですが、それは次回の楽しみにしておくとしましょう。

で、詳しいことは一緒にアップしたEtixを見て欲しいのですが、今回の旅先はチュニジアと毎度お馴染みフランスのコート・ダジュールです。アフリカ!? と叫ぶと『アストロ球団』の最終回みたいですが、実際小生アフリカ初上陸になります。

チュニジアは以前から行ってみたいと考えていた国の一つで、特にシディ・ブ・サイド(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89)は憧れの街の一つであった。勿論クスクスをはじめとするマグレブ料理も小生の大いに愛するところであり、今度の旅行ではしっかりと堪能したいと思う。


写真を公開しました。  (2010.02.13)

昨年暮れの旅行について、ストラスブール編とパリ編をアップロードしました。
お暇な時にでもご笑覧いただければ幸いです。

ストラスブール編: http://www.myalbum.jp/pc2/album/Albm_Dspy.aspx?albumID=70b7ebe64b40
パリ編: http://www.myalbum.jp/pc2/album/Albm_Dspy.aspx?albumID=ae14bc5dec4b

なお、当日記のアクセス解析はリファラスパムが余りにも多いので削除しました。
エロサイトの連中はこんな事やってアクセスが稼げると思ってるんでしょうか。知能程度を疑います。


ラボ・エクセルシオ:20世紀・日本と世界(III)を聴いてきた  (2010.02.07)

毎週土曜日にいつも行っている仏語の講座が2月からは大学入試ロックアウトになるため一旦終了。そんなわけで2/6は午前中野暮用を色々と済ませた後、晴海トリトンスクエアの第一生命ホールでのクアルテット・エクセルシオの演奏会「ラボ・エクセルシオ:20世紀・日本と世界(III)」を聴いてきた。曲目は以下の通り。

アリフレート・シュニトケ:弦楽四重奏曲 第二番および第三番
西村朗:弦楽四重奏のためのヘテロフォニー
弦楽四重奏曲 第二番「光の波」

シュニトケの弦楽四重奏曲の予習にはクロノス・カルテットによる全集版を、西村朗の二曲についてはアルディッティ四重奏団による録音を参考にした。スコアについては弾く機会もなかろうとの理由から未入手。

以下感想。
シュニトケ:弦楽四重奏曲第二番
コンサートのライナーノーツではこの曲は強烈な旋律を持つ第二・第三楽章が聴き所だと思わせるような節があったのだが、むしろ私が惹かれるのは第一・第四楽章のハーモニクスで静かに奏でられる悲歌だった。ホールの規模を考えるとこういう極めて静謐な旋律、あるいは音にならない音を聴かせるのはなかなかに難しいことは承知しているが、きちんと聴かせる水準だったと思う。
中間楽章の激しい部分は「よく頑張りました」という形容がまずは似合うだろう。合わせるべきところはしっかり合わせ、その他の部分はバラバラの音価と旋律でフルパワーで突っ走るという極めて難易度が高いパッセージが続くわけで、体力面も含めてこのクアルテットの実力は現代曲の演奏(現代の弦楽四重奏は少なくとも技術的に極めて高度なものを要求するものが少なくない)に耐えられるだけの水準にあることを確認する。でもこの曲、激しい楽章の旋律がカンチェリの交響曲第五番とかグレツキの弦楽四重奏曲第一番「既に日は暮れて」に何か似てるんだよなあ……。中世ロシアの聖歌から音楽語法を見つけているという点では共通しているので、仕方ないのだが。

シュニトケ:弦楽四重奏曲第三番
前曲にも増して引用だらけらしい曲。小生は「大フーガ」の主題とショスタコ音階となんか「ロザムンデ」っぽい旋律の断片くらいしか聞き分けられませんでしたか、その範囲でも引用と明らかに分かる部分はそれなりに強調して弾いていたような印象。ただ、それに引きずられたのか、1stVnがソロで歌う局面ではもう少しやりたい放題やってもよかったのではないかとも思うが、このあたりは解釈の問題なので仕方ないが、第三楽章のフィナーレはテンポ・密度ともに非常に聴き応えのある内容で、全般的にはうまくまとめていたと思う。

西村朗:弦楽四重奏のためのヘテロフォニー
西村朗といえば他にも「鳥のヘテロフォニー」とかのヘテロフォニーで有名な人だが、この曲はその出発点にあたるものらしい。存外に聴きやすい曲だが、ハーモニクス奏法も交えた中でのグリッサンドの交差する場面などでは一部聴きづらい場面もないではなかったが、旋律自体がどことなく東アジア的な雰囲気が漂っており、教会スラヴ語の香りが漂うシュニトケとは好対照をなしているように感じられた。
個人的にはもう少し各パートが分離してバラバラの旋律を奏でるような解釈が好みではあるのだが、特殊奏法のところの音の際だち方が今ひとつ弱かったかもしれない。ただ、参考にしたのがアルディッティSQによるものなので、彼らの破壊的な弾き方と比べるのが間違っているといわれればそれまでの話だが。

西村朗:弦楽四重奏曲第二番「光の波」
アーヴィン・アルディッティが「演奏の難しい曲を頼む」と依頼してきたというとんでもない曲。実際弦楽器を使ってケチャをやるような内容で、第二部の支離滅裂魑魅魍魎阿鼻叫喚(褒め言葉)ぶりは一回生演奏で聴かないと分からないだろう。実際CDで聴いていたらどういう弾き方をしているのか全く分からない箇所が山のように出てくるのだが、実際に弾いている光景を「見る」事ができるのだから長生きはするものだ。しかも散奏の部分は気合い十分でバッチリ突破。プロとはこういうものなのだと改めて驚く。
勿論、細かいことをいえばスピッカート奏法の箇所はもう少しパワーが欲しいとか、「あれ?」と思うような箇所が数カ所なかったわけではない。だが、このような曲をあえて演奏しようと挑戦し、そして一定の水準で実際に演奏しきったその度量と技術は賞賛されて然るべきだろうし、それはカーテンコール時に登場した西村朗氏の表情からも伺うことができた。

休憩時に購入した彼らのCDのライナーノーツには、オーケストラ等と二足のわらじを履かない専門の常設弦楽四重奏団として活動することがいかに経済的に困難を伴うのかが綴られていた。S席が数万円する外国オケの日本公演はすぐにチケット完売になってしまうのに対し、いくら現代音楽の室内楽演奏会とはいえ700席足らずの第一生命ホールが半分程度しか埋まらないという現状に、なんだか残念な気持ちを抱かないではない。


COWON iAudio9を買った  (2010.01.27)


今通っているフィットネスクラブではプログラムに有酸素運動をかなり組み込んでいて、最低でもエアロバイクを一時間、余裕のある時にはそれにトレッドミルを時速8.5キロで30分くらいこなしているのだが、漫然とこなしているだけでは余りに退屈なので音楽を聴きながらやっている。エアロバイクにはテレビもついているので、ニュースなどを見ながらこなすこともあるが。

というわけで今までは遙か昔に購入したオリンパスのm:robeなる内蔵メモリ1GBのものを使っていたのだが、さすがにバッテリがダメになってきており、2時間くらい連続して使うとバッテリー警告が出るようになってきたので、新しいDAPをだいぶ前から物色していた。条件としては以下の通り。
・Appleは「信者」が気持ち悪いし、市場において独占的地位を占めているので却下。そもそもiTunesのUIはどうも私にはなじめない。
・Ogg Vorbisでビットレート500kbpsまで対応していること。今後のことも考えるとFLACにも対応していた方がいい。
・首からぶら下げて使うので、本体重量は50g未満であること。
・本体メモリが8GB以上あること
これを満たすもので国内でまともに販売されているものといったら、COWONのフラッシュタイプのものしか見あたらないのが現状だ。iRiverもClix等はOgg Vorbisに対応しているのだが、上限ビットレートが320kbpsなので落選。今年か来年には容量10TB越えのNASを多分組むので、そろそろFLACに移行すべきか……

で、COWON iAudio 9の16GBタイプ(シルバー)をAmazon.co.jpにて入手(写真左側、右側はD2TV)。本体ケースも含めて約15.5K円。色々と金欠なところには痛い出費だが、仕方ない。

とりあえずm:robeから音楽ファイルを引っ越してきて、更に今まで容量の都合で断念していた曲を全部入れる。有酸素運動をしながら脳味噌を空っぽにするためなのでいくら何でもノーノとかカンチェリとかショスタコとかマーラーとかラッへンマンとかシュトックハウゼンは入れません。ライヒは入れてるけど。目下の空き容量はおよそ4.5GB。通勤時に使っているCOWON D2TV(総容量24GB)は片っ端から色々と放り込んでいて目下の残容量2GBていどに比べれば随分と健康的だ。

その後充電も完了したので一通り使ってみた。音質の癖とかは基本的に他のCOWONのDAPと変わるところがない。BBEの世代が一つ進化したので、よく聞けば音の輪郭がややはっきりしているかな、という程度。
UIは慣れていないせいもあるのだろうが、正直使いづらい。特にタッチパッドは機能の割り当てを把握していないと混乱すること必至だろう(その割にマニュアルがやたらわかりにくいのは最早iAudioの伝統だ)。また、音楽タイトルのスクロール方向が一方向に流れっぱなしになるのではなく、折り返しになるのはこのモデルでの変更点なので、今までiAudioの画面に慣れた人はおや、と思うかもしれない。
ただし、画面は2.0"QVGAではあるものの、明瞭感のはっきりした非常に視認性に優れたもので、動画も見やすい。画面フォントの入れ替えもできるので、早速某有名フォントを入れてみたところ、テキストの可読性が非常に良好になった。こういったカスタマイズ性はうれしい。

目下メインのCOWON D2TVに比べると大きく変わった点もかなりあるため、「兄さん」(HDDタイプのiAudio M3)からCOWONのDAPを使っているユーザーには戸惑うことも多々あるだろうが、性能面では非常に優れたDAPであると思う。電車の中でiPhone等をニヤニヤしながら使う人間に嘔吐を感じる人であれば、選択肢に加えてもいい機種の一つであると思う。


違和感を感じるということ  (2010.01.23)

ストラスブールからの写真は一拍置いてから公開しますので、2月くらいになるかと思います。某オンラインアルバムサービスが「週間新着」とか更新情報を載せている割には実際の更新頻度が2〜3週間隔という為体なのも理由の一つですが。

さて、パリで泊まった宿ではレセプショニストのルイ氏に随分世話になった。おいしいレストランを紹介してくれたり、書類の取り次ぎをしてくれたりと枚挙にいとまがない。当然それは仕事なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、買ったものや荷物を送った宅急便業者(動物の名前を冠したこの会社のパリ支店は、競合が実質的に撤退したこともあってここ数年で対応が頗る悪くなった)からの控え状に同封する形で、ルイ氏からの手書きのメッセージが入っていた。

その手のメッセージは小さなホテルだと部屋へのウェルカムメッセージなどで結構貰うことが多いし、勿論お土産屋などを通りかかると片言の日本語で客引きをしてくる連中は少なくないのだが、ここでわざわざ取り上げたのは、ルイ氏が封筒に宛名を書く時、わざわざGoogleで漢字を調べて私の名字を「日本語で」、即ち漢字で書いてくれたことである。メッセージには彼が名字をGoogleで調べ、それを見よう見まねで書いたので多分間違いがあるだろうがそれは大目に見て欲しいこと等が綴られていた。

当然、驚きの声を上げつつ、彼の眼前でしっかりとそれを確認させて貰ったところ、小学生が難読字を懸命に書いた時のような稚拙さは当然あるものの、しっかりとそれは判読できるレベルであった。そんなことをわざわざしてくれるルイ氏のホテルマンシップに正直私は感嘆、いやむしろ正確に言えば感服せざるを得なかった。

なぜ感服したのか。それは彼のホスピタリティあふれる対応の質の高さに驚いたということもある。しかしもう一歩踏み込んで考えるならば、それは彼が異邦人を歓待することとはどういう事なのかを、言語化はされていないにしても某かの理解をしていることだということであり、そのことに私は驚きを隠すことができなかったのだ。

異なる文化、もっと普遍化すれば他者なるものに我々が出会うということは、とりもなおさずそれは違和感を感じる事に他ならない。それは時として我々自身の認識の基盤を力ずくで相対化する可能性を孕むため、他者を奇異なもの、非合理的なものとして排斥するエスノセントリスムと容易に結びつきやすい。それは均質的な集団に安住することの気楽さ、居心地の良さを与えてくれるからだ。
しかし、我々が他者に向けて開かれた精神というものを仮に育もうとするのであるのならば、違和感を抱くことに背を向けるのではなく、むしろそれが不可避のものとして喜びを見いだしていく感受性が必要なのではないのか。ルイ氏が私の名字をわざわざ書いてくれたことは客に対する通り一遍のおべんちゃらなのではなく、彼自身がそうした他なるものについて自らの認識の裡に、それがもたらす違和感をあえて感じようとする事への意思の表れではなかったか。連帯とは、形ばかりのぬくもりを求めての馴れ合いなのではなく、根本的に異なるもの同士があえて理念の下にお互いを人格的存在として承認しあう行為ではないのか。だからこそ、KYだのとくだらない身内意識に固執してばかりの態度がまかり通るこの国では、社会的連帯の萌芽すら見られないのだ。

仕事柄多くの言語の書類に目を通していると、かくも多くの言語があり、そしてその向こうにはそれを日々の暮らしの中で使っている人々がいるのだという当たり前の事実に胸を衝かれることが少なくない。特定の覇権言語に安住する人々はその違和感、難解さを退けてしまおうという衝動に駆られることにためらいを感じないらしいが、私はせめて彼らの考えがもたらす違和感を眺めやることでこの世界の広さを少しでも感じていることにしたいと思う。


とりあえずベルリンの写真  (2010.01.15)


ベルリンの写真の整理が終わりましたので、公開します。

http://www.myalbum.jp/pc2/album/Albm_Dspy.aspx?albumID=d95426e1f2a6
こちらで公開しています。お暇な時などにご覧いただければ幸いです。

【追記】ニュルンベルクのも整理が終わりました。
http://www.myalbum.jp/pc2/album/Albm_Dspy.aspx?albumID=86208a6c8199


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