2010年03月
このまま行くとどうなるのかはロバでも分かる、「覚悟が足りない」とか抜かすのは愚か者だけだ  (2010.03.17)

太陽に向けて足を伸ばしながら、シャルリーと私は何を話す風でもなく、お互いが傍らで何を語っているのかにはさして注意も払わずに、頭の中にただ浮かんだ考えをやりとりしていた。コーヒーをすすりながら、時間がただ過ぎるに任せているのは心地よいひとときだった。シャルリーが彼の秘蔵のエロマンガを焚き火にくべなければならなかったという話を聞いた時には驚いたものだが、ただそれだけだった。エロマンガの処分現場を見るのはいつも悲しいものだが、ペド野郎といわれるのが嫌ならそれらは処分しなければならないという考えは持っておかなければいけない。

―― 分かるだろう、あの娘が19歳だって押し通すには無理があったんだ。
―― まあそうだが、セーラー服を着た娘が19歳であるべきだなんてあんまりな話だ。ということは、留年でもしていたのかい?
―― そういう問題じゃない。彼女は19歳ではなかった。それで全てさ。
―― 何てこった、「天使達の午後W」が処分された時と同じだっていうのかい?
―― ああ、同じだ。

「天使達の午後W」の時は、私は当事者だった。先月、私は自分のエロゲーを一本手放さなければならなかった。それは学園ものの(ふつうの)エロゲーだった。エロゲーの過剰流通が耐え難いというのは確かだったし、東京都の知事様が言うところによれば、どこから見ても18歳以上の娘だけが登場するエロだけを流通させるのが次善の策だということもまた確かだったのだ。どこから見ても18歳以上だけだ。あらゆるなんちゃって統計資料が示すところによれば、その種のエロががもっとも文明社会に適合し、出生率の低下も招かず、そして集団レイプをするくらいの元気がある青年の育成にも資するということだった。個人的にはエロはエロだし、ペドフィリアの問題は何らかの方法で解決すべきなのだから、18歳未満の娘が登場するエロゲーの排除を定める法令に従う他はない。
都の自警団がエロゲー回収ポストを無料で設置していた。かくして学園物のエロゲーたちは瞬く間に片付けられてしまった。その時は私の胸が痛んだが、人というのはあっさりと早く忘れてしまうものだ。

エロマンガの時はさすがに驚いた。何故かはよく分からないが、たぶんそれはエロゲーよりもずっと市場が大きいからか、あるいはよく言われるように、青少年男子にとっての輩(ともがら)であったからだろう。いずれにしてもシャルリーは、私がエロゲーを処分した時と同じくらい自然な体でそれを話していた。そして彼は正しかったのだろう。感傷的になり過ぎたところで何か大したことが起きるわけではないし、エロマンガについても、どっから見ても18歳以上の人物しか出てこないのが一番大丈夫だというのも多分正しいのだろう。

お互い話すこともそれほどなくなったので、私たちは別れることにしたが、何か妙な印象があった。あたかもそれは何か言い残したことがあるかのようだった。あまりいい気持ちがしなかった。

それからしばらく経って、今度は私が『チャンピオンREDいちご』がもう発行されないということをシャルリーに教える番だった。彼はびっくり仰天した。『チャンピオンREDいちご』はクリーム入りコーヒーを飲みながら、彼が毎朝開いている雑誌だったのだ。

―― 彼らが潰れたって? ストライキか、倒産か?
―― いや、いや、エロマンガの一件の続きのためだ。
―― エロマンガの?
―― ああ、ずっとそうだったのさ。一日とおかずにあの雑誌のブログは都のこの政策を攻撃していたからね。挙げ句の果てには彼らは(都の)知事様の実験結果まで改めて疑いだしたんだ。読者達はどのように考えるべきか分からず、ある者達は自分のエロマンガを隠すことさえ始めたんだ。
―― そりゃ度が過ぎたようだな……
―― おっしゃるとおり。雑誌はついに発禁になってしまったというわけだ。
―― なんてこった。三連馬券についてはどうしたらいいんだい?
―― そりゃお前さん、『とじれんだより』でとっておきのネタを探すしかないな。もう雑誌はそれしか残ってないんだから。競馬とスポーツについてはそこそこイケてるって話だ。他の雑誌がみんな脇へ押しのけられてしまった以上、雑誌が街には一つくらい残っていてしかるべきだろう。いっつもマンガなしで済ますというわけにはいかないし。

その日はシャルリーとコーヒーをもう一杯飲んだが、『とじれんだより』の読者になるというのはなんだか嫌な気持ちだった。にもかかわらず、私の周りの居酒屋の客達は前と変わらぬ暮らしを続けていた。そんな風に心配する私がきっと間違っているのだろう。

雑誌の後は図書館の本の番だった。これまたあまり明快な話とはいえない。『チャンピオンREDいちご』と財務上同一グループをなしていた数々の出版社が訴追を受け、それらの出版社の本は図書館の書架への配架が禁止された。それらの出版社が刊行を続けていたラノベをよく読めば分かることだが、一冊に若者の性交渉の場面は一つは出てくる。だがその場面に「18歳以上の」という言葉が常にセットになっているわけではない。出版社はやはりそういうことは知っておくべきだったのだ。

―― 派手にやり過ぎちゃいけないよ。
シャルリーは言った。
―― 法の網の目をかいくぐったり、法律といたちごっこをすることを引き受けたって国民にとっては何にも得にはならないんだよ。あ、18歳以上のいたちね。

彼は周囲を見回して、万一誰かが私たちの会話を晒し者にすることがないように茶色のいたち、と付け加えた。用心のために、私たちは文や語に「18歳以上の」と付け加えるのが習慣になっていた。最初の頃はふざけて「18歳以上の井上喜久子の歌」を有線にリクエストしていたものだが、結局のところ言葉遣いは変われば変わるものであって、わけもなく仲間内で我々が「この糞ったれ」と付け加えるような感じで、言葉や文章を「18歳以上の」にすることをそんなに奇妙には感じなくなっていたのだった。少なくとも、人々からよく見られていれば、私たちは静かに生きていられる。

そして私たちはついに三連馬券を的中させたのだ。ああ、たいした金額ではないけれども、それにしたって私たちにとっては最初の当たり茶色三連馬券というわけだ。
そのおかげで新しい規則の煩わしさも受け入れられるようになった。

ある日、私はそれをよく覚えているのだが、チャンピオンズカップの決勝を見に家に来ないかとシャルリーに言った。
彼が来たとき、私は爆笑してしまった。彼は3次元の彼女とやってきたのだ! 素晴らしいことに彼女はどこから見ても成熟した大人の女性だった。

―― ほうら、ようやく見つけた彼女は前の嫁より情感豊かで、並外れてツンデレなんだ。お気に入りのエロマンガ一冊くらいで悲劇ぶるんじゃなかったよ。レプリカントだけど。

彼がそう言い終わらないうちに、彼女はソファの上にふんぞり返って、ビールを呷りだした。そしてシャルリーは突如何かを理解したようだった。

―― いやまさか、君もか?
―― まさしくその通りだ。見ろよ。

そこでは、私の新しい彼女が扉を開けて登場した。彼女も、成人女性のレプリカントだった。何て偶然の一致だ! 私達は大笑いした。

―― そういうことだ。
私は彼に小声で言った。
―― いつも「嫁」がいたものだが、こっちの方がリアルでいいだろ?
―― 素晴らしい。
シャルリーは小声で答えた。

それから私達はテレビを付けた。その間二人の女性はお互いに横目で様子をうかがっていた。どちらが勝ったのかはもう覚えていないが、素晴らしいひとときを過ごせたと思う。安全だという感じがしたからだ。それはあたかも、ただ単に街中の常識に従ってやってさえいれば、安心していられるし、暮らしもすっきり行くというかの如くだった。18歳以上かつ3次元の幸福と安全というのも悪くはないもんだ。

勿論、アパートの正面の歩道ですれ違った中学生の事を考えてはいた。彼は足下に破り捨てられた「ToLoveる」の単行本を前にして泣いていた。だがいずれにしても、大人が言っていることをよく聞けば、エロが禁止になったわけではなく、どっから見ても18歳以上かつ3次元のエロを探せばいいだけだと分かるだろう。自称23歳の声優だっているわけだし、私達のように、規則に従った暮らしをして安心できれば、昔のエロマンガのことなんかさっさと忘れてしまうだろうに。

そして昨日、信じられないことに、すっかり平穏に暮らしていると安心している私が、危うく街の自警団に引っ立てられそうになった。奴らはベレー帽に赤いダウンジャケットを着ていて、情け容赦のない奴らだった。幸い、奴らはこの地区に来たばかりで、全員の顔と名前を覚えているわけではなかったので、私が誰だか分からなかったらしく、助かった。

私はシャルリーの所へ行った。日曜、シャルリーのところでWiiFitをやるつもりだったのだ。ビールを1パック、それだけを手に持って。ビールをちびりちびりと飲みつつ、2〜3時間テニスゲームをやるはずだったのだ。

ところがそこには、驚くべき光景が広がっていた。彼のアパートのドアは粉々に吹っ飛ばされていて、二人の自警団の人間が踊り場に突っ立って野次馬の交通整理をしていた。私は上の階に行くふりをして、エレベーターでもう一度下へと降りた。下では、人々がひそひそ声で話していた。

―― だけど彼の交際相手は本当に3次元の18歳以上の人間だったろ、見たんだから間違いないじゃないか。
―― ああ、だけれども、連中が言うには、彼が前に嫁にしていたのは、3次元かつ18歳以上ではなく、秋山澪だったらしい。
―― 前に?
―― ああ、前に、だ。今では過去に2次元の18歳未満のキャラクターを嫁にしていたことも犯罪なんだよ。それを知るのは難しい事じゃない。隣近所に聞けば十分だろ?

私は足を速めた。汗が一筋シャツに伝った。以前に18歳未満のキャラクターを嫁にしていた事が犯罪なら、私は石原の格好の餌食だろう。今のアパートの人間はみんな私が初音ミクの抱き枕を持っていたことを知っている。以前に!そんなことは、考えてすらいなかった!

今朝、アグネスラジオ局はそのニュースを伝えた。シャルリーは間違いなく逮捕された500人のうちの一人だろう。最近になって18歳以上の3次元の女性と交際を始めたからといって、当人の心が変わったわけではないというのだ。ラジオのニュースは続けて言った。「不適切な非実在青少年に対する耽溺は、それがいかなる時期のものであれ、犯罪です」。アナウンサーはさらに、不適切な非実在青少年に対する耽溺が、「国家侮辱罪である」とすら付け加えた。そして私はその続きをしっかり書き留めた。曰く、「不適切な非実在青少年を個人として耽溺したことがなくとも、親族、つまり父、兄弟、あるいは例えば従姉妹がそのような系統の非実在青少年について、人生に渡って過去一度でも耽溺したことがある場合には、その者は重大な係争に巻き込まれる恐れがある」とのことだ。

―― シャルリーがどこに連行されたか、私は知らない。だが、連中はやり過ぎだ。それは狂気だ。そして私は18歳以上の3次元の女性と交際してさえいればずっと静かに暮らしいてられると思っていた。勿論、都庁の連中が過去の洗い出しをすれば、非実在青少年をオカズにしたことのある人間はしまいにはみんな捕まってしまうだろう。
私は夜中寝ることができなかった。連中がエロゲーに関する最初の法律を課してきたときに、私は「石原」の話を信用すべきではなかったのだ。いずれにせよ私のエロゲー経験は私のものだったのだし、シャルリーにしたってそれは同じだったのだから、「石原」には否と言うべきだったのだ。

もっと抵抗すべきだったのだ。だがどうやって? 連中の動きは実に迅速だったし、私には仕事もあれば日々の暮らしの悩みもある。他の連中だって、少しばかりの静かな暮らしが欲しくて手を拱いていたんじゃないのか?

誰かがドアを叩いている。明け方のこんな早い時間には今までなかったことだ。日はまだ昇っていない。外はまだ夜明け前より瑠璃色だ。だけれど、そんなにドアを強く叩くのはやめてくれないか。
今行くから。


♪この誓い届け 銀河まで〜  (2010.03.13)

先日、フィットネスクラブでスタジオプログラムに参加していた時のこと。
インストラクターが「覚えている人は声を出せ」とか宣うので、何の歌じゃと思って聴いていると、某月に代わってお仕置きよ(蟹座の小生としては「水でもかぶって反省しなさい」)アニメの初代主題歌のユーロダンスアレンジであった。いくら何でもさすがに歌えませんがな(笑)。

関係ないですが、同アニメの最終篇の花沢加絵による主題歌の「この歌は星の道しるべ」というフレーズに出てくる増二度の音程はハラショーだと思います。


CP+にいってきた  (2010.03.12)


珍しく積みタスクを気合いを入れて片付け、本日は午後からパシフィコ横浜で行われているCP+(www.cpplus.jp)に行ってきた。一応目的としては情報収集など。他にも目的がもう一つあるのだけれど、それはだいぶ先の話で実現するかも分からないようなレベルのことなので、今は伏せておく。

昨年までのPIEは各業界団体が足を引っ張り合ってて結局空中分解になったという話は聞いていたのだけれど、今年のCP+(どうでもいいがこのままだと検索しにくいぞ)はパシフィコ横浜に移動しての開催という点でどうしても地理上の不利を抱えてしまっているように思う。じゃあ千葉市の外れの幕張メッセはどうなのよという反論もあろうが、北ホールを除いても5万平方メートル以上の展示面積を持つ幕張メッセと全館合わせても2万平方メートル程度のパシフィコ横浜では展示可能な物量に圧倒的な差がある(ちなみに東京ビッグサイトの東棟も約5万平方メートル)。ドイツのフォトキナ、アメリカのPMAと並ぶ3大映像関連見本市を目指すんじゃなかったのか?
※ちなみにフォトキナ会場のケルンメッセの展示場面積は21万平方メートル、パシフィコ横浜国際展示場の10倍以上。でけえ。

実際、展示内容も正直かなり寂しいものだったと言わざるを得ない。主要なカメラメーカーは出展していたものの、新製品の発表があったのはペンタックスの645Digitalくらいのもので、あとはPMAなどで既に発表されたものが並んでいただけだった。まあ、デジタルカメラは海外売上比率が90%くらいを占める商品だし、成長著しい中国市場に比べれば日本市場にもう魅力がないと言ってしまえばそれまでの話なのだが、余りにも参加企業が少なすぎる。
物販コーナーもやる気があるのかないのかよく分からない状態で、正直これでは来年以降の賑わいが危ぶまれる状況だ(雰囲気としては消滅前後のWPC Expoに近い)。来年はPMAより少し前の時期に開催することで、新製品発表の賑わいで客を呼び込もうという考えもあるようだが、まずは参加企業を増やし、一日歩き回っても見終わらないくらいの展示物量と賑わいの水準を最低限達成しないとこのままではジリ貧に陥るだけだと思う。空いたスペースを写真展でごまかそうったってそうはいかないよ?

じゃあそのためにはどうすりゃいいの? という問題が当然出てくるのだが、業界団体同士で内輪揉めしてるようじゃいい知恵は多分でないでしょうね。


無思慮なチラシ作りをクリエイティブと勘違いしても頭の悪さを示すことにしかならん  (2010.03.11)


本当は会社の創業者(今は相談役)と先々週の金曜日に都内の某レストランにワインを飲みに行った話でも書こうと思ったのだが、二人で痛飲しすぎて何も覚えていない為体だったので一切の記述を断念。いや、キャビアとか食べたしポマールの2005年とかを飲んだのは覚えてるんですが……

さて、先日モンテスキューの『ペルシア人の手紙』を読んだ。内容は何のことはない、著者がペルシアの王子の名を借りて書簡形式で当時の世相を批判しまくったものである。ルイ14世の治世の後半あたりからいかにフランスの経済政策がメチャクチャであったのかがよく分かり、また聖職者階級の堕落ぶりも(モンテスキューなりのバイアスは入っているにしても)見事に風刺されており、なかなかに楽しめた。

さて、この本を読んで少し経ったある週末、BS放送を見ていたら、NHKで「COOL Japan 発掘!かっこいいニッポン」(http://www.nhk.or.jp/cooljapan/)なる番組が放送されていた。司会進行役の鴻上尚史のトークが薄っぺらくて泣けてきたり、リサ・ステッグマイヤーが何のためにいるのかさっぱり分からないなど色々心温まるハートウォーミングな番組だが、日本に来ている外国人達が寄ってたかって日本のあれやこれやを褒めそやすというその内容に、ある種の空恐ろしさすら感じた。自分が作ったわけでもない何かを外国人に褒めて貰って仮構された全能感をその場凌ぎで満たして貰って何が楽しいんだ? そもそもわざわざそれをCOOLだとか何だとか言われないと愛国心とやらは維持できないのか?

こういう低水準のゴミの存在の背景に、世界でサムスンやLGとかにボロ負けを続ける日本の家電メーカーの没落や、現代やKiaに追撃されて苦しんでいる、しかも最近は中間選挙の票欲しさの似非リベラル派のデマゴーグ達に叩かれもしている自動車メーカーの苦境などの存在を通奏低音として指摘するのはそう難しいことではない。国内では政府の財政収支が崩壊寸前になり、毎年最低3万人も自殺者が出て首都圏の交通機関は頻繁に人身事故で混乱するし、定期昇給とやらは遠い国の寝物語、30代労働者の平均所得はこの15年で約200万円下がったとなれば、ベンヤミンの説教をもってしても希望を持てという方が無理というものだろう。そこにドーピングでパンパンに膨らんだブタのエサみたいな共同体幻想があれば、人は誰だってそこに飛びつこうというものだ。希望はないけど自分達は立派だと思い込めるし、己が境遇の絶望的な状況を一時的に瞞着することができるから。即ち「COOL Japan」のような小児愛国心丸出しの思想の紛い物は、まさしく我らロスジェネ貧乏人にとっては腹のふくれる格好の御馳走なわけだ。栄養価はゼロだけどね。

だが経済の苦境は別に日本だけに限った話ではない。他の先進国に行けば失業率8%台なんて国はいくらでもあるし、そんな国では職業安定所の周りでやけ酒を煽って座り小便を垂れている人なんかもしょっちゅう見かける。また、郊外の貧民街では路駐の自動車を燃やして暖を取る少年達の映像が年末のニュースにはよく出てくる。高い水準で産業化社会が成熟し、人口オーナス期に入った上に労働力が余剰になって国内産業の国際競争力が低下フェーズにある国では、日本みたいな現象は大なり小なりどの先進国でも起きるのだ。だからそれらの国々では時々極右とか過激な宗教政党がバカみたいに躍進したりする。極右思想や原理主義は過去の栄光とか自分の耳に心地よい単純素朴なイデオロギーを信奉する無教養な貧困層を釣り上げるにはベストの好餌だからだ。昔は極左思想もその末席を汚していたのだが、ソ連と一緒にデリバティブ取引の藻屑と消えてしまったようだ。

即ち、社会経済的な文脈だけを、「COOL Japan」のようなくだらない番組が跋扈する理由とすることには無理がある。社会経済的な困窮と希望のなさを思想的疑似餌で瞞着するのであれば、むしろ過激な排外思想の方が遙かに効果的だからだ。従って、それは単なる極右思想の産物ではなく、別のところにもいくつかの背景を求める必要がある。

それはいったい何か? おおよそのところまでは考えているので続きはまた後日。


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