2008年05月
まぶしいよ  (2008.05.28)

セミナーに2日連続で出席。いい勉強になりました。

それはさておき、2日目に座ったのがプレス席の近くだったのですが、どっかの記者らしき人がフラッシュをガンガン焚いて写真撮ってました。

正直言ってかなり迷惑です。セミナーはプレゼンツールを使った講演が主体なのでホールは真っ暗く、フラッシュの光がまぶし過ぎて目が痛くなります。そもそもそんな激しい光でスクリーン撮ったら白飛びしかねないのによくやるなあとか思う。

報道関係者しか来ない新製品発表会じゃないんだから、そこそこ広いプレス用の座席が与えられていて、撮るものがほとんど決まっているなら、せめてテーブル三脚くらいは使う気遣いが欲しいです。手持ち撮影であっても三脚を胸に押し当てて使うだけでかなり手ブレは抑制できるし、最近のデジタル一眼レフならWeb媒体程度の用途であればISO1600位までは十分な品質が確保できるわけで。や、件の記者さんが使ってたのはパナソニックのLumixFZ-18のシルバーモデルっぽかったですが。キスデジとかD80くらい部門で買えよ。


記者は記事を書くのが仕事だから写真に関する知識や技術はテキトーで構わないと思っているのだとしたらそれはとんでもない無知と傲りだと思うし、写真をふんだんに使う媒体ならそれは尚更のことだと思うのです。


鯖落ち回復しました  (2008.05.23)

先日このサイトをホストしているサーバーのHDDがクラッシュし、4月末以前のデータが全て飛んでしまいました。リカバリ用に提供されたバックアップ保存サーバーにあったデータは古すぎて話にならないという為体でしたが、Mixiなどにも一応同内容の日記を載せていたこともあって無事修復の事なきを得ました。

一応契約内容には「クラッシュとかしてもうちらは責任取らないよ〜」みたいな但し書きは付いていますが、実際にクラッシュされるとかなり困ります。幸いダウンタイムに届いたメールはゼロだったので被害も軽微だったのですが。

今のところ別のホスティングサービスに乗り換えるつもりはありませんが、こういうことが続くと検討せざるを得ないかもしれず、面倒臭いと思う次第です。


「スティーヴ・ライヒの音楽2」を聴いてきた  (2008.05.22)

さて、今晩はコンポージアム2008「スティーヴ・ライヒの音楽2」(http://www.operacity.jp/concert/compo/2008/concert.php)を聴きに東京オペラシティ・タケミツメモリアルホールに行ってきた。仕事のミーティングが7時まで長引いてしまったので、やむを得ず客先からタクシーで移動。何とか間に合ったが、そのせいで『ドラミング』は聴けず。涙。
ちなみに当日のプログラムは以下の通り。

・ライヒ:ドラミング パート1(1970-71)
・ライヒ:プロヴァーブ(1995)14'
・ライヒ:18人の音楽家のための音楽(1974-76)60'

『プロヴァーブ』は、元々ポール・ヒリアーのために書かれた曲だということもあり、ペルトの『サラは90歳だった』を思い出させるシンプルで禁欲的ながらも静謐な和声が疲れた心を見事に溶かしてくれた。つかこういうのってやっぱり教会で聴くべきかも。

さて、本日のメインプログラムの『18人の音楽家のための音楽』。一定のリズムパターンを繰り返す行為を延々一時間近く続けるという奏者にとっては殆ど拷問のような曲で、今でも演奏できるグループは限られているというシロモノだが、そのため奏者と聴き手は尋常ならざる集中力を要求される。
一歩間違うと即空中分解という恐ろしい事態が待ち受けているこの曲だが、素晴らしい出来だった。特に後半のSection10あたりから始まる、転調を含む微妙な盛り上がり〜Pulses.2での消え入り方は極度に高い緊張感と相俟って最高の興奮(というべきかは判断の分かれるところだが)を与えてくれる。また、要所要所でミキシングが変化し、各楽器の音が明確に分離して聞こえたり、時には渾然一体となるコントロールも素晴らしい。
で、この演奏で特に光っていたのはクラ(バスクラ持ち替え)のRoland Diry氏もさることながら、ヴィブラフォンなどを担当していた小川留美氏だと思う。文字通り各楽器を行き来しつつの八面六臂の大活躍で、この曲の不思議なグルーヴ感(と言ってもいいだろう)と共に視覚面からパフォーマンスを盛り上げていた。後半、ヴィブラフォンを鋭く鳴らすところでは鳥肌が立つほどの興奮を覚えた。

ヴァイオリンが最後の刻みを終えると、場内は割れんばかりの拍手。ほぼ全員がスタンディングオベーションという滅多に見られない(特に現代音楽では)興奮。周囲にいた人たちも皆異口同音に「凄い」「素晴らしい」を連発していた。実際私も背筋がゾクゾクするほどの興奮と感動。カーテンコールは10回近くに及び、そのたびにブラヴォの嵐。アンコール欲しさの拍手ではない(『18人の音楽家のための音楽』のあとではアンコールなどやる体力は残っていないのは殆どの聴衆が知っている)にもかかわらず、これだけカーテンコールが続くのは異例中の異例だと思う。

左大臣は大体年間7〜10回くらいコンサートに出かけるのだが、今日のコンサートはここ数年の中でもベスト3に入る内容だったと思う。本当に素晴らしい演奏会だった。この水準の演奏が定期的に聴けるのであれば、Arts友の会に入ってもいいかなとか思ってしまう。

ブラヴォ、スティーヴ。また素晴らしい演奏を聴かせてください。


ツィンマーマン『軍人たち』に行ってきた  (2008.05.10)


さて、本日はツィンマーマン『軍人たち』の日本初演を聴きに新国立劇場に行ってきた。
隣の東京オペラシティにはコンポージアムなんかも含めて年に数回は足を運んでいたのだけれど、実は新国立劇場に行くのは初めて。プログラムと出演者に今ひとつ魅力を感じなかったというのが最大の理由だが、過去にはブリテンの『ねじの回転』とかベルクの『ルル』とかリヒャルト・シュトラウスの『サロメ』とかヘンデルの『セルセ(クセルクセス)』もやっていた模様。己の情報収集能力を恥じる次第です。

予想よりも大分早く着いたので、館内をぶらぶらして時間を潰す。来年のプログラムを見たところ、来年のプログラムにショスタコのエロオペラ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』を発見。他にも『ドン・ジョヴァンニ』とか『ラインの黄金』なんかもやるらしいので、セット券を買ってしまおうかという誘惑が財布を揺さぶる。少なくとも『ムツェンスク郡のマクベス夫人』には絶対行くと心に誓う。

『軍人たち』がどんな話かというのはWikipediaあたりで調べて貰うとして、以下感想。

序曲:
圧倒的な不協和音!これだよこれ! 現代音楽の演奏会に行く快楽の一つに、耳を聾せんばかりの豪快な不協和音に浸れるというのがあるが、まさしくその快感を出会い頭に叩き付けてくれるツィンマーマンは限りなく正しい。

第一幕:
マリーとシャルロッテの掛け合いが楽しい。
演奏は鋭角的ながらも叙情的で若杉弘らしい解釈。シュトルツィウスの母がマリーからの間違いだらけのラブレターをハサミで真っ二つにする場面はユーモラスかつ深刻で、今後の展開をうかがわせる。
アルマンティエールのカフェでは軍人の衣装が真っ赤っかだよ!三倍速くはないけれどオーストリア航空のキャビンアテンダントみたいだよ!

第二幕:
シュトルツィウス、デポルト男爵にマリーを寝取られるの話。他の軍人たちにバカにされ、マリーを寝取られて復讐を誓うシュトルツィウスの歌が素晴らしい。で、この場面はマリーがデポルト大尉と寝てしまう場面とシュトルツィウスがマリーからの三行半を食らってオタオタする場面が同時進行する。これを仕切る役のヴェーゼナーの老母は節度を持った歌い方で交通整理としてよかった。途中で混じるバッハのコラールはもう少しうるさくてもよかったかもしれない。個人的にはちょっと叙情的すぎたかな。
アルマンティエールのカフェの場面は踊り子がクネクネと踊って最後は軍人たちに嬲られる場面の演出は『地獄の黙示録』の慰問シーンとか『春の祭典』で選ばれた乙女が狂い踊り死ぬ場面みたいで、軍隊の持つ原始的な暴力性を示唆しているようにも思える。軍人たちがテーブルを叩いてリズムを交える場面は見事の一言。プロンプターえらい。

第三幕:
マリーの性的堕落を痛罵するシャルロッテとそれに抗弁するマリー。デポルト男爵に捨てられたあとにマリ大尉と付き合って(捨てられてそのあと今度はラ・ロッシュ伯爵の息子とイチャイチャしたけど結局はふられてボロボロ)というマリーの素行を糾弾するシャルロッテの歌はもう少しとげとげしい方が良かったと思う。マリーの歌い方と釣り合いを取るためなのだろうけれども。マリ大尉の従卒になったシュトルツィウスの悲惨ぶりが靴磨きの様子に集約されていた。カワイソス。
ラ・ロッシュ伯爵邸の場面。今度はみんな黄色だよ! ああ!ジャン・ルイがやられた!(違) 場面変わってラ・ロッシュ伯爵夫人がヴェーゼナー邸を訪れ、マリーに身分違いの恋などやめちまえと諭し、堕落から救うために自邸に引き取ろうと提案する場面は音量バランスが少々悪いように感じたが、2階バルコニー席(でも一応S席)だったからなのかな? 伴奏をやるべき場面とそうでない場面でのオーケストラの音量に差があまり感じられなかったように思う。

第四幕:
マリーが娼婦に身を落としていく過程ではスクリーンへの投影は使用されず。場所の制限もあるのだろうが、これはどうしてもやって欲しかった。これがないとどうしても第四幕の冒頭は説明的になってしまうと思うのだが……。でも、「不正に苦しむものは震えるばかり/不正を働くものばかりが楽しんでいる!」はここぞとばかりの圧倒的なパワー若杉節を堪能。こういう複雑で大音量で不協和音てんこ盛りで懊悩度200%な旋律をやらせると若杉弘は本当にうまいと思う。マーラーの後期交響曲とか。

で、シュトルツィウスがデポルト男爵を毒殺し自分も毒を仰いで死ぬ場面。シュトルツィウスの憎悪に燃えた歌い方が素晴らしい。発狂寸前まで歪んだ意識と怒りが無調の音楽と実によく合い、シュトルツィウスの絶叫調だが抑圧的な歌が悲劇(だろうな)を加速させる。
最後、マリーが浮浪者になって元父親に物乞いをするも本人と見分けられず捨てられる場面。マリーのボロボロぶりが胸に迫る。痛いよ痛いよ。
ホール内に設置されたスピーカーから流れてくる軍靴の音。ノーノの『Contrappunto dialettico alla mente』も四方八方から音がガシガシ飛んでくるテープ音楽だが、それを思わせる(作曲と初演は『軍人たち』の方がちょっとだけ先)混沌ぶりが救いの無さを徹底。ああ、こういう混沌も現代音楽を演奏会で聴く醍醐味だよなあ……


予習として聴いていたギーレン盤は『ルル』やら『運命の力』あたりの引用というかコラージュが聞き分けられる非常に理知的で鋭角的な演奏だったのだが、それと比べると良くも悪くも叙情的なところが目立った内容だったと思う。個人的にはもっとギスギスした歌及び演奏の方が好きだし、第四幕でスクリーン投影がなかったあたりは減点対象となって然るべきだとは思うが、そもそもこのオペラは演奏することすら困難な代物なので、よくやったとまずは褒めるべきだと思うし、これを出発点にして新国立劇場でも本作をレパートリーに加えて欲しい(今回の公演はアムステルダム・ネザーランド・オペラからのレンタル)と切に願う。


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