2010年チュニジア・フランス旅行記(4)



12/20(月)
とうとう、チュニスを離れる日が来た。やれやれという気もしないでもないが、とりあえず最後の望みを繋ぐためにもホテルをチェックアウト後、空港のロスバゲ係に再度調べてもらう。当然出てこない。
ところがこちらはこの日にもうスースに向かう予定だ。今後出てきたとしても回収できるかどうかは分からない。その旨をロスバゲ係の女性に相談したところ、
「出国予定の空港はどこだ」
「トズール空港だ。だがだいぶ先だ。」
「その前にはどこに寄る?」
「スースだ」
「出てきた場合、モナスティール空港に荷物を転送することはできるが、どうするか?」「そもそもモナスティールはチャーター便が大半の空港だろ。行く手段もないよ」
「分かった、見つかったらホテルに連絡してやる。スースとトズールの滞在先はどこだ?」
相手がただのメモ帳のようなものを渡してきたのでとりあえず一式書く。
「これってコピーの控えとかないの?」
「ない。特別にやってやる」女性ウインク。
つまりはある種の信頼に基づくアラブ的行為というやつだ。信用できねえなあ。でもそれに頼らざるを得ないのもまた事実。
「分かった。シュクラン(アラビア語で「有難う」の意)」
「あんたはいいやつだ。日本語でシュクランはどう言うのか?」
メモ帳にアルファベットで書いてやる。
「アラビア語は難しい。文字だけでも一苦労だ」
「フスハーは文字を覚えれば発音は簡単だよ」
「ハムザとか発音できないよ。まあいいや。よろしく頼むよ」
「アリガト。バイバイ」

空港でタクシーを拾ってチュニス駅に移動する。スース行きの特急券を買い、ホームへ移動する。ちなみに駅は撮影禁止らしく、写真はなし。

     
  

スース行きの特急に乗る。若干遅れたがほぼ定刻通りの運行。すばらしい。大して料金は変わらないので一等車に乗った。隣はイギリス人の女性二人連れがいた。デジタル一眼レフにナノクリレンズを付けているとさすがに目立つのか、お前はプロなのかと訊かれたあげく写真を撮ってもらうように頼まれる。

     
スースに着く。スースはチュニジアでも人口43万人で第3の都市なのだが、駅は小生が住む首都圏の某衛星都市のそれよりも遙かに貧相だ。イメージとしては内房線とかの有人改札のある駅程度の規模を想像すると大体妥当である。まあ人口1000万人の国だからね……

     
宿泊したのはツーリスティック・ゾーンの外れにあるOrient Palaceという五つ星ホテル。観光ガイドの地図にも載っていないほどの僻地にあるので、タクシーを使っていくと大体3ディナールくらいかかる。遠い。
ただし設備は豪華で、バーはあるし簡単なショッピングモールもある。チュニスのホテルは三つ星の割りには風呂桶がなかったので洗濯が余り上手くできないという点でかなり難儀したのだが、ここはそれも問題なく解決できる。また24時間12ディナールとやや高いがネット接続バウチャーを買えばかなり安定したネットの利用がワイヤレスでできる。

とりあえず荷物を置いてひとっ風呂浴びたあと、スースの中心部に出かけた。これもタクシーを呼ばないといけないので、面倒くさい。自前の車とか団体バスで来てる人向けだよな、ここ……

     
  
まずは旧市街すぐそばにあるグランドモスク。ここもムスリム以外はミフラーブが見える内陣には入れないので撮れる写真は限定的なのだが、でかい。

     
次はグランドモスクのすぐそばにあるリバト(城塞)。通常は街の真ん中にあるモスクがメディナ入口に位置しているのは、リバトも含めてスースが昔は港湾要塞都市であったことに由来している。

     
     
スースはそれほど高い建物がないため、リバトからほぼメディナが見渡せる。ただリバトの監視塔に至る階段は手すりがないため、登りは何とかなるにしてもくだりは滑る可能性が結構あるので気をつけた方がいい。こういうときは一人旅が身にしみるなあ……

  
リバトの監視塔の上で、随分遠くに来たのだなあと物思いにふける。向こうの港は地中海に面しているわけで、しかも完全にアフリカ側だ。チュニスも地中海に面していることは面しているのだが、何だかんだ言って植民地時代の風景を色濃く残しているわけで、スースまで来てようやくフランス色とマグレブ色が混ざり始めて来たように思う。勿論スースもツーリスティック・ゾーンは完全なリゾート地なのでここがどこだか分からなくなるのだが、その他の風景はマグレブ的な色彩が濃い。それは例えば建物だったり、ショッピングモールなどの不在であったり、だ。

     
メディナを歩く。
ただ、その分観光客相手の産業には大変未熟なところがあって、チュニス近郊ならばカルタゴとかシディ・ブ・サイドの様に、ある種形而上的な価値を売りにした観光の萌芽が見られるのだが、スースではそういうのはあまりなく、基本的には飾る場所に困るような、有り体に言ってしまえば出来の悪い置物のようなものが多い。それじゃモロッコとかとの競争において優位が確立できないと思う。
  
物売りをかわすスキルもある程度ついたので、下らない敷物売りを無視しつつメディナをさまよう。
と、どうもなんか雰囲気の怪しい界隈に迷い込む。肌を露出することに対するタブーがやたら強いイスラム圏なのに、私が入り込んだエリアはなぜかミニスカートとかワンピースを着ている女性が多い。しかも昼間っから家の入り口を開けているのだが、そこから見える様子は全て同一で、病院の待合室のようにベンチが1つ置いてある。
そう、勘の鋭い人なら気付いたと思うが、ここはいわゆる赤線地帯である。私はメディナで迷ったあげく、赤線に迷い込んでしまったのだ。事実この地区は他のエリアに通じる路地が一本しかなく、全体として袋小路になっている。

非常に気まずい雰囲気になったのでどうやって脱出すべえとと悩んでいたところ(だから写真は撮っていない)、いわゆるやり手ババアと称される類の人だろう、かなり年齢のいった女性が道を指さして教えてくれる。それに従って着いていったところ、普通の街に戻ることができた。あまり観光ガイドには書かれていないのだが、やはりこういうメディナでもそういうエリアがあるのだ。勿論店には入っていないので、その後どうなるかは分かりませんが、Routardの記述によると「どうなっても知らないよ、帰国後に捕まる可能性もあるからね」とのことだそうだ。

  
かくして一通り街を眺めて歩いたところ、かなり腹が空いた。時間にして4時間くらい方々をうろついた計算になるので、脚も相当に疲れている。脚休めならカフェに入ればいいのだが、食事もしたいのでガイドにも掲載されている店に入ったところ、先客には列車で出会ったイギリス人の二人連れがいた。どこを見てきたのかとか、これからどこを見る予定なのかなどを話して情報交換をする。彼女らはその後ポール・エル・カンタウィで休暇を取った後、ジェルバ島に行くという。典型的なリゾートコースである。

クスクス自体は10ディナールでスープ、前菜、クスクス、果物(ミカン)とミントティーが着くという大変ボリュームのあるコース。スープとクスクスを分離するタイプのクスクスはフランスに入って発達したものなので、チュニジアのクスクスは基本的にいわゆるぶっかけ飯スタイルである。小生も自宅でクスクスを作るときには同じようにして食べるので、このスタイルの方が気楽に食えるといえば気楽に食える。実際ガイドの紹介に違わぬうまさであった。

さて、ここに至るまで着ていた服は完全な防寒仕様の分厚い生地のシャツだったので、日中最高気温が今年も20度近くになるスースではさすがに暑くて苦しい。前日の電話で「チュニスエアー」日本事務所はロスバゲ中の必要経費についてはある程度負担する旨言っていたので、シャツ一枚なら別にたかりじゃなかろう、ということで新市街の服屋にて45ディナールのシャツを一枚購入した。その他、ビデオカメラの充電器、睡眠薬なども購入する。

新市街からツーリスティックゾーンに向けて散歩をする。街並みがかなり現代的なものになるということに加え、ある違いが見られることに気がついた。それは、ツーリスティック・ゾーンではベン・アリ大統領(当時)の肖像画が一気に減るということである。勿論ホテルのレセプションには結構大きな肖像画が掲げてあるのだが、例えば道ばたに巨大な肖像画が出ていたりすることはあまりない。ところが旧市街や新市街ではどこもかしこもベン・アリだらけで、これは外国人からすればだいぶゲンナリする要因にもなる。

さて、ホテルに夕方戻り、洗濯などを済ませ、ネットでメールの処理などをする。チュニスではネットの接続がかなり悲惨だったので薄々感づいていた、というレベルでしかなかったのだが、ここではある事柄についてほぼ確信するに至った。それは、この国ではネットがどうも規制されているらしいということだ。有名サイトのFacebookとかは問題なくつながるのだが、アキバブログとかのちょっとでも肌色系の傾向があるサイトはほぼ全面的に検閲されている。また、YouTubeもコンテンツによってはフィルタリングされているようで、404エラーが出るコンテンツが多々ある。映画の予告などは問題なく見られたので、おそらくは何らかの言論統制なのだろうとは思った。実際、いわゆる公開プロキシなどへの接続も片っ端から弾かれていたので、こりゃかなり全面的なものなんだろうなとはほぼ察しが付いた。

ベン・アリの政治弾圧と言論統制の話は「地球の歩き方」の奥歯に物が挟まったような書き方からおおよそ想像が付いていたが、いざそれを実感してしまうと日本の言論の自由というのは有り難いものなのだなあと思う。頭のいかれた都知事とかはそれがお気に召さないようだが。

で、この日は旧市街で買い込んできたパンなどをむしゃむしゃ食べて夕食代わりにして、とっとと就寝。




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