10月13日
  Shun氏の商業化「萌え」批判
  恐らく、「萌え」の商業化は、その概念の出現以来避けられないものであったように私には思われる。感想の一切を「萌え」の一言の咆吼だけで満足するような自称「ギャルゲーレビュー」が氾濫している以上、それらを誘導して事足れりとするようなゴミ同然の「作品」も巷に溢れるのは当然の帰結である。すっかり馴致されて「萌え」を白昼夢のうわごとのように喋り続けるだけの消費者と彼らにとって都合のいいだけの嗜好品を与えては小銭を稼ぐ制作者。この出口もなければ窓も通気口もない腐敗した関係は最終的には市場の破綻という形で終焉するだろう。
  感情の内容を特定の概念に全て収斂させて一切の評価をそこに委ねてしまう自己表現の方法論は、少なくとも形式上はその内容自体が全て概念とイコールであるとの結論を導く。だが、感情の内容は無論それらの概念性を超えうる。そしてそれらの概念ならざるものを語ろうとしてこそ、批評は批評に値いするのではなかろうか。




10月3日
  このサイトを定期的に読んで下さっていて勘のいい方ならば、私がある問題について言及していない、あるいは沈黙していることについて疑義を感じておられると思う。
  諸般の政治的な理由により、私は実際ある特定の問題についてはこのサイトでは直接的な意思表明をすることを敢えて控えている。それは私自身に対する実害を避けるという目的からではないことはご理解いただけると有り難い。

  現在、11月をメドにサーバーを別の会社で借り、そこにサイトの全コンテンツを引っ越すことを検討している(URLは変わらない予定)。これに掛かる費用は友人Iの援助に依るところが大きいのだが、いずれにせよサイトの完全引っ越しはその内容にある程度の政治的独立を与えることを可能にする。それが実現した暁には、その問題について憚ることなく言及するようになるだろう。
  奥歯に物が挟まったような言い方で申し訳ないのだが。



9月28日


  口頭試問おわた〜!

  とりあえず合格しました。DEAゲットしました。疲れた。寝る。

  論文(Zipで圧縮/本体はWord形式。RTFにすべきだが疲れていて面倒くさいため御免)



9月2日
  論文を製本しに行ったら間違いがチョコチョコとあるのを発見。というわけでその部分は差し替え。

  人間の質的差異をを知識量の多寡のみに還元する思考法あるいは人間観は、人間性がそのような尺度で計量可能なものであるとの認識がベースとなっている。だがそれはパソコンの使い勝手をベンチマークで数値化して判断する昨今の潮流の裏返しでしかない。そこで行われているのはレイン流に言えば人間の石化であり、そんな風にしか人間の精神の豊かさと深さを認識できないのでは、カントの言う「目的の王国」の理念は恐らく死ぬまで理解できないだろうし、フロムが懇切丁寧に示す「愛の技術」の話もまた然りだろう。
  無論、ぶっちゃけた話、そういった手合いが「誰も愛してくれないよウエエン」と世界の中心で哀を叫ぼうが私には別段実害がないからどうでもいい話ではあるのだが。